Sally's High Tension

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目撃
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    まだ昭和の時代だった。姉の家族と一緒に日本海方面へワゴン車でキャンプに出かけた時の話しである。

    夜8時ごろに出発した車中は、子ども4人に大人5人という過密状態だった。深夜のドライブは車も少なく、昼間の暑さもない快適なものだった。車は舞鶴方面から宮津市内を抜け、峰山にさしかかったところであった。運転は姉の夫と交代し、丁度私が運転していた。時間は深夜の1時半ごろだった。

    宮津市を抜けた付近から、我々のワゴン車の前方を1台の単車が走り始めた。スピードは時速50kmぐらい。深夜ということもあって、他の走行車もなく、いつもなら追い越しているところだったが、何故かその時はその単車の後方20mぐらいのところを追尾する格好で走っていた。

    追尾し始めて20分ほど経ったころ、ゆるやかなカーブを曲がって直線コースに入ったところで、前方左側にドライブインが見えてきた。そして事件はそこで起こった。

    前方の単車がドライブインに近づいたころ、ドライブインの向こう側から1台の乗用車がバックでゆっくりと出てきた。単車は進路を左側から中央に変更し始めていた。乗用車は一旦停止しかけたように見えたが、またゆっくりと動き出した。そこで単車はさらに乗用車を避けようとしてセンターラインまでよけたが、遂に接触してしまった。

    乗用車は慌てて元の場所に戻った。そして単車はバランスを失い転倒してしまった。単車の運転手は2〜30mほど人形のように転がり続けて停止した。

    我々は、他の車が来ても安全なように、倒れている単車の人の前に車を停車させた。乗用車を見ると、運転席からパンチパーマの小柄な男が降りてきた。後部席には女性らしき人影が見えていた。我々も車を降りた。店の従業員らしき男性が来たのですぐに救急車の手配を頼んだ。乗用車の運転手は倒れて動かない単車の人に近づくと、大声で「お前が悪いンじゃ、コラァッ!」と巻き舌でまくし立てていたと思ったら、今度は倒れている単車を起こし、我々の制止も聞かずにドライブインの看板の陰までヨロヨロと運んでいった。かなり酔っているらしく、足は真っ直ぐ歩けない状態で日焼けした顔も真っ赤になっていた。我々が呆気にとられたのはそれだけではなかった。その男は、また倒れている人の所へ戻ると、その人を抱きかかえて自分の乗用車に運び込み、その場から立ち去ってしまった。我々は慌てて近くにあったダンボールの切れ端にその車の發鮃気┐拭

    5分ほどして救急車がきた。事故の経緯を手身近に伝えると、救急車は乗用車が去っていった方向へサイレンを鳴らして走り去った。それからまた数分後、パトカーが到着した。パトカーにも同様の説明をし、一部始終を見ていたことを告げて名刺を差し出した。

    それにしても単車の人が山中に放置されていないかと、事件への発展が気がかりだった。

    事故の数日後、宮津警察から職場に電話が入った。電話によると、被害者はあの後すぐに病院へ運ばれたそうであるが、加害者はそのまま姿を消してしまったそうである。そして3日後、一人の女性が加害者であると言って出頭してきたそうである。私が見たのは運転席から降りてくる男と、車中に残っていた女性を見たことを告げた。単車の運転手のことを聞いてみると、全治6ヶ月の両足複雑骨折とのことであった。

    夏も終わり、その事故のことも忘れかけていた10月のこと。私の職場にひとりの男が現れた。その男は京都府の検事と名乗った。用件は事故の状況確認であった。最初に女性が出頭した後、パンチパーマの男を逮捕したことを聞かされた。男は無免許だったそうである。その後、何枚かの地図を見せられ、ワゴン車のスピードや停止するまでの状況、単車との位置関係や接触するまでの走路など、事細かに事情聴取された。

    それで終わりかと思っていたら、現場検証をしたいので宮津まで来るようにと言われた。その時は、旅費と日当が出るということもあり、タダで旅行ができるならと安易に承諾してしまった。

    1週間後、宮津警察に出向くとすぐに警察の車に乗せられ、事故現場へ直行した。現場に近づくにつれ、事故の時の記憶がリアルに蘇ってきた。最初に乗用車が見えたときの場所、単車の進路変更の位置、接触時の位置関係など、交通規制された事故現場の路面に事細かにチェックが入れられていた。数十分の現場検証を終えると署に戻り、交通費などの支払いを受け、宮津を後にした。

    年も明けて2月も終わりの頃、仕事が一番忙しくなる時期であった。一通の書留が家に送付されてきた。宮津裁判所からであった。封を開けると、裁判での証人喚問への出頭命令であった。しかもその命令書の最後には、「理由無く出頭を拒否した場合、罰金30万円以下、懲役6ヶ月以下の懲役に処する」と記されてあった。善意で目撃者として行った行為のつもりが、これではまるでこちらが犯人扱いではないか。今の時期に仕事を休むなんてことはできないのに。しかたなくその翌日、上司にその命令書を見せ、なんとか休暇をとらせてもらった。

    裁判の日、指定された時間に雪の積もった宮津裁判所を訪れた。公判が開かれている隣の部屋で待機していたが、すぐに呼ばれた。ドアを開けると、まばらに傍聴人が座っていた。正面に裁判官が厳かに座っていた。その両側に一人ずつ似たような格好をした人が座っていた。裁判官を前にして両側に検事席と弁護人席があった。係りの人に促され、証言台に向かった。途中、丸刈りの男が手錠をかけられたまま座っているのが見えた。

    裁判官から宣誓するように言われ、証言台の上に置いてある宣誓文を静かに読み上げた。やがて裁判官からいくつかの質問を受けた。

    裁判官:あなたが事故現場で見た加害者は、その後ろに座っている人でしたか。
    ワタシ:私が見たのはパンチパーマの男性でしたが、顔つきや背格好など、よく
       似ていると思います。
    裁判官:あなたの証言によりますと、加害者はお酒を飲んでいたとありますが、
       なぜそれが判ったのですか。
    ワタシ:私もお酒が好きなので、酔っているかどうかは判断できます。日焼けし
       た赤さでなくお酒を飲んだときの赤さでしたし、単車を運ぶ時のふらつき
       加減を見ればすぐに判りました。目撃していたのは私一人ではなく、一緒
       にいた大人4人も同じ意見でした。

    すると私の背後から、押しつぶしたような低い声で
    「ウソつけ…」
    私は思わず唾を呑み込んだ。証人喚問は10分ほどで終わった。

    事務室で所定の手続きを終え帰路につくことができた。車中、なにか後味の悪いものが残っていた。あの加害者が刑を終えて出所してきたらお礼参りがあるのではと不安もあった。

    しかしその後、その裁判がどうなったのか、被害者の容態がどうなったのか、何も知らせてはくれなかった。それに被害者からも電話の一本があってもよさそうなものだと思っていたのに何の連絡もない。

    おそらく、証人である私のことは被害者にも加害者にも全く知らせてないのではと考えるようになった。

    それにしても目撃したというだけでこれほど後を引くものかと思うと、誰かが「係わり合いになると大変だ」と言っていたのを思い出したが、後の祭りであった。
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