Sally's High Tension

尼崎列車脱線事故…【2005.05.12】
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    あの時はずっとテレビの報道に見入っていました。悲惨な事故でした。あの2日前にも快速電車に乗ってその現場を通っていたし、何よりも私の実家から1キロ足らずの所だけに、他人事ではないような感覚もありました。

    先日、飲み屋で酔っ払いが、
    「知事がテレビに出ていたけど、市長は何しとるんや!」 と…。報道されていないからといっても、市も見えないところで市長をはじめ多くの職員が頑張っていることを伝え、それ以上その人とは会話をしませんでした。
    またある職員は、
    「他の市の消防職員ばっかりテレビに出てるから、尼崎市は何もやってないように思われたら辛いなぁ…」 と。テレビの影響力は怖いと痛感していました。

    報道を見ていて感じたこと…。そして今も感じていること…。それは『過剰報道』。

    最初は、いかにも未熟運転士、とも取れる報道。まだ原因もはっきりしない間からそんな報道がされていました。どのテレビ局も…。報道関係者は、あの『松本サリン事件』 で何を学んだのだろう…。

    それにJR関係者に異常なまでに詰め寄る記者。確かに、JR西日本側にもいろいろと問題があるのは誰もが周知のこと。しかし、裁く役目はあんたではないだろう、と言いたくなってくる。ボーリングや飲み会。確かにひんしゅくを買う行為だとは思うが、重箱の隅をほじくりかえすような執拗な攻撃的報道にも、私はうんざりしてきた。

    日本Sという会社の統制のとれた救出活動と対比するように、現場を去っていった運転手やその上司の指示に憤りを感じるのは当然のこと。しかし、そこまで言うか?と思える報道。それなら報道関係者も、何故カメラを置いて救出しなかったんだろう、と言いたくなってくる。車が足りない時、何故報道の自動車やヘリを使わなかったのだろう、と。

    報道は、事実を知らせる。どう思うかは視聴者側に任せる。それでいいのに…。イラクで捕虜になった人がパッシングを浴びたのも、仕掛人は報道だった。松本サリン事件のときも、やはり報道のあり方を問われたはずだ。今、現場で働くJR西日本の職員に向けられた嫌がらせや暴行は、ある意味、報道が煽った反動でもあると思えるのだ。

    以前、飲み友達だった東通のディレクター(今は亡くなられたが)から聞いた話だが、「NEWS23」のニュースキャスターであるTTが阪神大震災の被災地・神戸を取材に来た時のこと。取材を終えて東京に帰るとき、カメラマンたちに、
    「いい絵が取れたよ」 と喜んで帰っていったそうだ。そのカメラマンたちもみんな被災者なのに『いい絵』 とは…。無神経にもほどがある。

    また、震災直後のあるテレビ局は、無残な映像の合間に楽しげなCMを流していた。これも単に『いい絵』 を流していたに過ぎなかったのかと思いたくなる。

    が、所詮、報道の世界はそうしたものなんだろう。テレビは視聴率を稼げる映像を、新聞などはスクープを。それが自分たちに課せられた任務なのだから必死になるのも分かるが、それと今回の運転手が1分30秒を挽回しようとしたことと、根本的なところで何か通じるものがあるような気がするのは私だけなんだろうか…。

    こうした過剰報道やJR西日本の体質を見ていると、要するに日本人の誰もが持っている問題じゃないのだろうか、と思えて仕方がないのである。1つ大きなニュースがあるとみんな一斉に飛びつき、報道は視聴者を煽り、それを見た視聴者は報道が押し付ける考えをあたかも自分の考えかのように、そこらじゅうで評論家気取りで談じている。

    悪いことは、全員が悪い、こととなり、体質論を論ずる。しかし、もしそれが日本人の体質だとしたら、JR西日本だけでなく、大阪市職員だけでなく、NHKだけでなく、三菱自動車だけでなく、社会保険庁だけでなく、日本人の全てが悪い体質ではないのだろうか。いいことをすれば個人を称え、悪いことがあればその組織全体を悪く思う。それも日本人の体質の1つだと思う。

    大切なことは、起こった事実を認知し、悪いことは繰り返さないための努力を、いいことはそれが広まるための努力をする。特に影響力の大きい報道は、いくら報道の自由があるからといって、想像で判断したり、人を裁いたり、結果を焦って求めたり、ある固定観念を植え付けたり、と『報道の体質』 も問われてしかるべきだと思うのだが…。

    もし、今回の事故の遺族の方たちや知り合いを亡くされた方たち、また報道関係者やその関連の方たちで、このページをご覧になられて不快な思いをされたとしたら、深く陳謝します。

    ただ、私が言いたかったのは、誰が悪い、ということをすぐに言いたがる『日本人の体質』 を忘れて、特定の個人や企業を云々するのは、いかがなものか、と。それでは学校で行われている『イジメ』 と何ら変わりないと思うのである。体質改善を求められているのは日本人全体だと思うのは言い過ぎなのだろうか…。

    最後に、私の考えに対していろいろとご意見やご批判を持たれる方もおられるとは思いますが、この件で議論する意思は毛頭ありません。ある方からのご質問にお答えしたまでのことなので、どうかお聞き流しいただければ幸いです。

    亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りし、この惨事が将来、きっと役立つことを願っております。

    | sallynote | 事件簿 | 05:12 | comments(0) | - | - | - |
    エスカレータ
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      まだ、スクールでギターを習ってた頃。サリーがスクール生発表会で3回目の挑戦をするときのことやった。

      その発表会の場所は、「いかりライクスホール」っちゅうて、阪急塚口駅北側にある「いかりスーパー」のビルの4階にあるホールで開催されることになっとったんや。サリーは、当時ロスタイムっていうバンドで一緒にやってたサックスのY氏と一緒にプレイすることになってたんよ。

      お昼ごろにリハーサルが終わって、地下にあるレストランでY氏と一緒に食事をとるため、4階から地下までエスカレータで降りていったんや。特に1階から地下までのエスカレータは、そのビルでも一番距離が長かった。言い換えると地下の天井がかなり高かったってことなんやけど。

      1階まで降りてきて、地下に向かうエスカレータに乗ったとき、下からエスカレータで上がってくる6〜7歳位の一人の女の子が、手すりに乗って遊んでたんが目に入ったんよ。サリーは、危ないことして遊んどるなぁ、位にしか思わんかった。

      長いエスカレータの中央付近で、サリーとその女の子はすれ違ごぉたんやけど、なんか気になってずっとその女の子を見てたんよ。このとき、サリーが声さえかけとったら…

      女の子は手すりの上に乗っかるよぉにして、自分の身体が上がっていくんが面白かったんやろぉけど、もうすぐ1階ってところで壁に身体が挟まってしまうような格好になって、バランスを崩したんや。(ヤバイ!)

      サリーは踵を返して下りのエスカレータを上りかけたんやけど、そのときはもぉ遅かった。その子は高いエスカレータの上から、そのまま下に落下してもぉたんや。鈍い音が館内に響いた。垂直距離にしたら10m以上はあったやろか。

      慌てて下に降りて落下現場を見ると、女の子が身動きもせんと倒れてた。急いで近くのレストランの従業員に連絡して、救急車を要請したんや。すぐ現場に戻ってその子に近付いてみたんやけど、へんに動かすのも怖かったし、救急車を待つことにしたんや。

      けど、この子の親はどぉしたんやろ、って思ってたらレストランから数人の女性グループが駆け寄ってきたんよ。で、そんなかの一人の女性が悲鳴のような声をあげて倒れてる女の子に駆け寄ってきたんや。正直、サリーはその親に腹立たしさを覚えとった。なんでもっと気ぃつけんかったんやろ。おばはん連中の会話に夢中になっとったんやろぅけど。

      その子が落下した場所っていうのは、普段は池になってて深さ数十cmの水がはってあったんやけど、その日は偶然なんか池は空っぽでタイル張りの底が剥き出しやった。水があったら少しはクッションになってたやろに。

      やがて救急車がきて、その子を運んでいった。その子のその後はどぉなったんか分からへんけど、後味がごっつ悪かった。その後、Y氏と二人で昼食をとったんやけど、食欲なんか出んかった。発表会も上の空やった。サリーはずっと後悔し続けてた。あの時、一声かけるだけであの子は助かってたのに…。

      サリーが子供を亡くして5年後のことやった。それからは、危ない遊びをしてる子を見ると、親がおってもできるだけ叱るよぉにしてるんよ。うるさいおっさんやと思われても、ね。。。
      | sallynote | 事件簿 | 14:16 | comments(0) | - | - | - |
      ショック…
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        なんやいろんなことに遭遇してるサリーやけど、以前住んでいたマンションでもショッキングな事件が起こったんよ。

        そのマンションに入居するとき、同じマンションに住んでいるという不動産屋の男性が、サンプルとして自分の部屋を見せてくれたんよ。当時30代半ばの男性で、部屋もなかなか小奇麗にしてあって、そこに住むことにしたんよ。そのマンションは駅に近いところで、夜中にはときどき酔っ払いが大声を出して騒いでたけど、結構静かな環境やった。

        彼とは特に付き合いはなかったけど、奥さん連中は何かとお喋りしてはったみたいやった。サリーの部屋は入口の真上にあったから人の出入りする気配がよぉ分かるんや。彼がよぉ夜中に酔っ払って帰ってきてたんやけど、たぶん相当ストレスが溜まってたんやろなぁ、って思ってた。

        ある夜、時間は深夜の0時を過ぎてた。サリーはいつものよぉにほろ酔い状態でウトウトしかけてたら、女性らしき人の足音がマンションに入ってくるんや。っていうてもよくある光景?やから、特に気にも止めんかったんよ。その足音は階段を上がっていって、しばらく静寂が続いた、と思ったら、
        「キャーーーー!!!」って、正に絹を裂くよぉな女性の悲鳴。

        何事かと思って飛び起きたんよ。そのあと、泣き叫びながら階段を駆け下りてくる足音。前の道路に出て意味不明のわめき声。彼の奥さんやった。サリーは、わが奥さんに様子をみてくるよぉに言うたんや。彼の奥さん曰く、
        「主人が自殺してる…」 やて…。

        やがて救急車が来て、パトカーが来て、物々しい騒動になっていったんや。既に死んでるみたいやったから、救急車は空のまま帰っていって、警察による現場検証が始まってた。

        少し落ち着いた彼の奥さんの話では、家に入ると中は真っ暗で、明かりをつけると主人がドアノブにネクタイをかけて首を吊ってたんやて。なんとかというロック歌手の自殺と同じ方法や。特に自殺の動機は分からんかったらしい。

        49日の法要が終ると奥さんはマンションを引越しはったんやけど、ときどき近所の飲み屋で奥さんと会うことがあったんよ。あのときのショックも癒えたみたいで、元気そうにしてはった。っていうより、前より派手になってた。聞くところによると、保険の外交員をしてはった奥さんやったから、かなりの保険金が入ったみたい。

        毎晩飲み屋に現れてはったみたいやったけど、なんとも複雑な気持ちやった。
        | sallynote | 事件簿 | 13:59 | - | - | - | - |
        懺悔…
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          むかし、T町に住んでた頃のこと。そこは夜は人通りが少ない住宅地やった。歩いて数分の所に酒屋があって、お店の前には、酒類・飲料水・タバコの自販機と公衆電話がおいてあったんや。サリーは、いつもそこを利用してたんよ。その頃は、まだ深夜でも自販機でアルコールやタバコが販売されてたんや。

          ある深夜、タバコが切れたんでそこの酒屋にいったんよ。人通りはまったくなかった。自販機の近くまでくると、若い男性が自転車にまたがったままの恰好で、公衆電話で話し込んではったんやけど、気にせず横を通り過ぎてタバコの自販機の前に立ったんや。

          100円玉3枚入れてマイルドセブンのボタンを押したんやけど、つり銭の金額表示がけったいな文字に化けてて、つり銭変換ボタンを押してもつり銭が出てきよらんのや。自販機をどつきながら、
          『こら、えらい損やがな…』

          そんなことを考えてたら、自販機がゥウ〜ンってけったいな音を出しとるんや。すると2個目のマイルドセブンが出てきよったんや。ゥウ〜ンって音は止まらんかった。

          なんと3個目が出てきよった。ゥウ〜ン、コトン。4個目も…。5個目…。6個目…。なぁんか、パチンコでフィーバーしたみたいに、マイルドセブンが次から次から出てきよるんや。

          サリーは、タバコが中で詰まったら機械が壊れるって思って(?)出てくるタバコを一所懸命に取り出してたんやけど、手に持たれへんよぉになって、着てたTシャツの裾を持ち上げて、そん中に詰め込んだんよ。3〜40個は出たと思われるころ、やっと打ち止め、やのぉて終了、、、とにかく出尽くしたみたいで、自販機の音だけがゥイ〜ンってなってた。

          Tシャツでこさえた袋にはタバコが一杯になっとった。これはつり銭をよぉ出さんかった自販機が申し訳ないって思ってサリーにくれたんや。って勝ってに思い込んで帰ろぉと立ち上がったとき、電話してた兄ちゃんがじっとこっちを見とったんや。

          『ヤバッ! どぉしょ…』

          一杯あったタバコの中から、12〜3箱のタバコを掴んで電話の兄ちゃんの自転車の前カゴに入れ、
          「ぁはっ、機械、壊れてたみたいや。まぁ持って帰りぃ。」
          その兄ちゃんは、無言でサリーに小首をペコリとさげよった。
          『よしよし、これでお前も共犯者や。見てたこと言うなよ。』
          サリーの中にいてる悪魔の心が、そぉつぶやきよった。

          次の日の夜、サリーの奥様が言うてはった。
          「酒屋のおばちゃんが、『ゆうべ、タバコの自販機に悪さして壊しよった奴がおったんや。』って言うてはったで。」

          『それは違う! あれは最初から機械が壊れてたんや。』
          って思ったけど、弁解しに行くワケでもなし、そのまま濡れ衣?を着ることにしたんや。それにときどき、その自販機でつり銭を損したこともあったし…なんて、サリーの心の中の悪魔が正当化しよぉとしとった。

          もぉ時効とは言え、おばちゃん、ごめんなさい。
          | sallynote | 事件簿 | 13:45 | comments(0) | - | - | - |
          サリー、危うし・・・
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            まだ家族揃って遊びに出かけてた頃、最初で最後の海外旅行でガム島へ行ったんよ。奥さんの知り合いが向こうにおって、いろんなとこへ遊びに連れていってもろたンですわ。フツーの観光旅行で行けンよーなとこやった。フィリピン料理の店とか現地のポリスが行く射撃場やとか、、、

            帰る前の日は海で遊ボってことになって、水上バイクに乗せてもろたンです。最初に操作方法を教わって乗り始めたけど、初めてのコトやからおっかなびっくりで練習。そのうちだんだんと慣れてきて、当時小3の娘を前に乗せて二人乗りもできるようになったンよ。

            こーなったらオモロイんですワ。乗りまわる範囲も広ろなってくるし、奥さんも乗せて走ったりで3人とも有頂天になって、、、

            最後には3人乗り、前に娘で後ろに奥さん。調子にのってちょっと離れた港を目指して走り出したんよ。最初は軽快に走ってたンやけど、ちょっと離れたところに大きな漁船が通りすぎて、、、そん時に事件がおこったンよ。

            漁船の通った後ろから大きな波がこっちへ・・・。ヤバッ!って思もたけど、あっと言う間にその波に直撃してしもたンよ。その衝撃はものすごいモンで、娘はハンドルにゴツンってぶつけるし、エンジンは止まるし、、、3人を乗せた水上バイクは波間を漂うだけやった。元におった場所が遠くの方に見えてた。妙に静かやった。

            そのうちものごっついスコールが来よって、視界は数10mくらいになって、だんだん不安になってきて、大声で呼んでも全然返事があらへん。気が付いたら水上バイクが沈みかけてきたんよ。一番近い港まで200mはあったかなぁ。あかん、落ち着け!って心の中で何べんも叫んどった。

            スコールは10分くらいで終りよった。視界が広がってくると、大きな漁船が港に向かってきたんよ。必死になって大声あげて手ぇ振ったら、その漁船がこっちに方向転換してくれたんよ。これで助かったって思った。
            漁船はゆっくりと3人のところに近づいてきたんよ。水面から見上げる舳先を見て、「太陽がいっぱい」のラストシーンで、アランドロンが船を見上げてたところを思い出してた。

            船は船尾のところを3人に向けて止まったんよ。上には何人かの船乗りが覗き込んではった。その内の一人がロープを降ろしてくれはったんやけど、手ぇ伸ばしても、後5cmくらい届かへんのよ。で、ちょっと腰浮かした時、不安定やった水上バイクが横転してもうて、あっという間に3人は海中へ・・・。

            こうなったら、もうパニック状態や。救命胴衣つけてたから溺れる心配はなかったけど、娘の姿が見えん。奥さんがバイクの下におるっていうから、慌てて2人ですぐ娘を出したんよ。船員が二人やったかな?飛び込んでくれて、娘、奥さん、サリーの順に何とかロープで引き上げられたんよ。

            漁船の甲板に上がったとき、10人くらいの船員が3人を取り巻いてたんよ。みんなドス黒い顔の中から目ぇだけギョロギョロさして3人を見渡してはる。何人やろ。。。甲板の周囲には薄汚れたシャツなんかがいっぱい干してあって、なんか異様な雰囲気。女目当てやったら、男のサリーは殺されるんとちゃうんかなぁ・・・なんて考えてたら、一番近くにいはった男がサリーにタバコを勧めてくれはって、一服したらふと我に返ったんですわ。

            「誰か日本語できる方はいませんか?」って大声で叫んだら船室から一人の男性が出て来はったんよ。話を聞いたら、その人は日本人でその船の船長さんやて。ホッとしたわ。船員は全員フィリピン人。すると一人の船員が海に飛び込まはったんよ。見てたら転覆してる水上バイクを元に戻して、ロープに括ってはるんよ。曳航しはるみたいやった。

            なんや、みんなエエ人なんや、えらい失礼なこと考えてもたなぁ。何て考えてるうちに、やっと元の場所まで送ってもろて、お礼言うてお別れしたんですわ。娘はまだ顔面蒼白で、その後2〜3日あんまりモノ言わんかったわ。そら怖かったんやろなぁ。

            いやー、映画みたいな経験してもた。。。
            | sallynote | 事件簿 | 10:39 | - | - | - | - |
            目撃
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              まだ昭和の時代だった。姉の家族と一緒に日本海方面へワゴン車でキャンプに出かけた時の話しである。

              夜8時ごろに出発した車中は、子ども4人に大人5人という過密状態だった。深夜のドライブは車も少なく、昼間の暑さもない快適なものだった。車は舞鶴方面から宮津市内を抜け、峰山にさしかかったところであった。運転は姉の夫と交代し、丁度私が運転していた。時間は深夜の1時半ごろだった。

              宮津市を抜けた付近から、我々のワゴン車の前方を1台の単車が走り始めた。スピードは時速50kmぐらい。深夜ということもあって、他の走行車もなく、いつもなら追い越しているところだったが、何故かその時はその単車の後方20mぐらいのところを追尾する格好で走っていた。

              追尾し始めて20分ほど経ったころ、ゆるやかなカーブを曲がって直線コースに入ったところで、前方左側にドライブインが見えてきた。そして事件はそこで起こった。

              前方の単車がドライブインに近づいたころ、ドライブインの向こう側から1台の乗用車がバックでゆっくりと出てきた。単車は進路を左側から中央に変更し始めていた。乗用車は一旦停止しかけたように見えたが、またゆっくりと動き出した。そこで単車はさらに乗用車を避けようとしてセンターラインまでよけたが、遂に接触してしまった。

              乗用車は慌てて元の場所に戻った。そして単車はバランスを失い転倒してしまった。単車の運転手は2〜30mほど人形のように転がり続けて停止した。

              我々は、他の車が来ても安全なように、倒れている単車の人の前に車を停車させた。乗用車を見ると、運転席からパンチパーマの小柄な男が降りてきた。後部席には女性らしき人影が見えていた。我々も車を降りた。店の従業員らしき男性が来たのですぐに救急車の手配を頼んだ。乗用車の運転手は倒れて動かない単車の人に近づくと、大声で「お前が悪いンじゃ、コラァッ!」と巻き舌でまくし立てていたと思ったら、今度は倒れている単車を起こし、我々の制止も聞かずにドライブインの看板の陰までヨロヨロと運んでいった。かなり酔っているらしく、足は真っ直ぐ歩けない状態で日焼けした顔も真っ赤になっていた。我々が呆気にとられたのはそれだけではなかった。その男は、また倒れている人の所へ戻ると、その人を抱きかかえて自分の乗用車に運び込み、その場から立ち去ってしまった。我々は慌てて近くにあったダンボールの切れ端にその車の發鮃気┐拭

              5分ほどして救急車がきた。事故の経緯を手身近に伝えると、救急車は乗用車が去っていった方向へサイレンを鳴らして走り去った。それからまた数分後、パトカーが到着した。パトカーにも同様の説明をし、一部始終を見ていたことを告げて名刺を差し出した。

              それにしても単車の人が山中に放置されていないかと、事件への発展が気がかりだった。

              事故の数日後、宮津警察から職場に電話が入った。電話によると、被害者はあの後すぐに病院へ運ばれたそうであるが、加害者はそのまま姿を消してしまったそうである。そして3日後、一人の女性が加害者であると言って出頭してきたそうである。私が見たのは運転席から降りてくる男と、車中に残っていた女性を見たことを告げた。単車の運転手のことを聞いてみると、全治6ヶ月の両足複雑骨折とのことであった。

              夏も終わり、その事故のことも忘れかけていた10月のこと。私の職場にひとりの男が現れた。その男は京都府の検事と名乗った。用件は事故の状況確認であった。最初に女性が出頭した後、パンチパーマの男を逮捕したことを聞かされた。男は無免許だったそうである。その後、何枚かの地図を見せられ、ワゴン車のスピードや停止するまでの状況、単車との位置関係や接触するまでの走路など、事細かに事情聴取された。

              それで終わりかと思っていたら、現場検証をしたいので宮津まで来るようにと言われた。その時は、旅費と日当が出るということもあり、タダで旅行ができるならと安易に承諾してしまった。

              1週間後、宮津警察に出向くとすぐに警察の車に乗せられ、事故現場へ直行した。現場に近づくにつれ、事故の時の記憶がリアルに蘇ってきた。最初に乗用車が見えたときの場所、単車の進路変更の位置、接触時の位置関係など、交通規制された事故現場の路面に事細かにチェックが入れられていた。数十分の現場検証を終えると署に戻り、交通費などの支払いを受け、宮津を後にした。

              年も明けて2月も終わりの頃、仕事が一番忙しくなる時期であった。一通の書留が家に送付されてきた。宮津裁判所からであった。封を開けると、裁判での証人喚問への出頭命令であった。しかもその命令書の最後には、「理由無く出頭を拒否した場合、罰金30万円以下、懲役6ヶ月以下の懲役に処する」と記されてあった。善意で目撃者として行った行為のつもりが、これではまるでこちらが犯人扱いではないか。今の時期に仕事を休むなんてことはできないのに。しかたなくその翌日、上司にその命令書を見せ、なんとか休暇をとらせてもらった。

              裁判の日、指定された時間に雪の積もった宮津裁判所を訪れた。公判が開かれている隣の部屋で待機していたが、すぐに呼ばれた。ドアを開けると、まばらに傍聴人が座っていた。正面に裁判官が厳かに座っていた。その両側に一人ずつ似たような格好をした人が座っていた。裁判官を前にして両側に検事席と弁護人席があった。係りの人に促され、証言台に向かった。途中、丸刈りの男が手錠をかけられたまま座っているのが見えた。

              裁判官から宣誓するように言われ、証言台の上に置いてある宣誓文を静かに読み上げた。やがて裁判官からいくつかの質問を受けた。

              裁判官:あなたが事故現場で見た加害者は、その後ろに座っている人でしたか。
              ワタシ:私が見たのはパンチパーマの男性でしたが、顔つきや背格好など、よく
                 似ていると思います。
              裁判官:あなたの証言によりますと、加害者はお酒を飲んでいたとありますが、
                 なぜそれが判ったのですか。
              ワタシ:私もお酒が好きなので、酔っているかどうかは判断できます。日焼けし
                 た赤さでなくお酒を飲んだときの赤さでしたし、単車を運ぶ時のふらつき
                 加減を見ればすぐに判りました。目撃していたのは私一人ではなく、一緒
                 にいた大人4人も同じ意見でした。

              すると私の背後から、押しつぶしたような低い声で
              「ウソつけ…」
              私は思わず唾を呑み込んだ。証人喚問は10分ほどで終わった。

              事務室で所定の手続きを終え帰路につくことができた。車中、なにか後味の悪いものが残っていた。あの加害者が刑を終えて出所してきたらお礼参りがあるのではと不安もあった。

              しかしその後、その裁判がどうなったのか、被害者の容態がどうなったのか、何も知らせてはくれなかった。それに被害者からも電話の一本があってもよさそうなものだと思っていたのに何の連絡もない。

              おそらく、証人である私のことは被害者にも加害者にも全く知らせてないのではと考えるようになった。

              それにしても目撃したというだけでこれほど後を引くものかと思うと、誰かが「係わり合いになると大変だ」と言っていたのを思い出したが、後の祭りであった。
              | sallynote | 事件簿 | 10:18 | - | - | - | - |
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