Sally's High Tension

本【2012.05.08】
0
    JUGEMテーマ:日記・一般
     

     まだ小学生の低学年の頃、クリスマスというものがそれほどイベント化していなかったと思うが、親父がグリム童話の絵本をお土産に会社から帰宅した時のことが記憶に残っている。おそらく7〜8歳の頃だと思う。イソップ童話の本も貰ったが、どっちが先だったか記憶は曖昧だ。


     で、小学校の高学年になった時には、宮沢賢治集という分厚い本を貰った。この本が私の人生にどれほどの影響を与えることになったのか、ということが分かったのは40代になってからのことだった。


     セロ弾きのゴーシュ、注文の多い料理店、よだかの星、月夜のでんしんばしら、銀河鉄道の夜、風の又三郎、雨ニモマケズなどなど、内容は忘れてしまったものも多いが、タイトルは不思議に記憶に残っているものだ。この本を、私は何度も何度も読み返した。飽きることがなかった。雨ニモマケズは暗記してしまった。


     中学生になった時のこと。まだ人格形成ができていない幼少の頃から親父の友人が家に来た時に何度も聞かされていた戦争時代の話がずっと気になっていて、学校の図書室で太平洋戦争を中心に、いったい日本はどんな戦争をしていたのか、という興味から、その類の本をあさり読みしていた。


     高校になってからは、サッカーに明け暮れていたため、少し本から遠ざかっていたが、小さなノートにエッセイ(意のままに書き記した散文)を書き始めていた。


     大学生になったら、パチンコにハマッた時期があって、勝った時は文庫本を購入し、通学(2時間〜2時間半)途中の時間を読書に費やした。この頃も戦争中心の、野火、俘虜記、ビルマの竪琴等々戦争系から、いわゆる文学小説やエッセイ集など、かなりの本を読み耽っていた。


     社会人となって仕事で文章を書く機会が増えてくると、最初は先輩からの教えで「今まで通り」で書くことが無難だと思っていたが、難しい表現よりは、誰が読んでも分かりやすい文章に、と思い始めて自分の言葉で文章を書くようになっていった。


     ある厳しい上司から私の文章にクレームを付けられた時、「文章表現に違いがあっても言いたい主旨に違いがないのなら文章は変えません」とキッパリ拒否したことがあった。怖い上司だったので、どう私にカミナリを落とすのかと身構えていたら、私の顔を覗き込んで、ニッと笑うと、黙って決裁印を押してくれた。


     それから数年後、音楽仲間のぴーまんさんが私のためにホームページを作ってくれたのが、このハイテンの始まりだった。今はブログだが、当時はいわゆるホームページで、主に私の過去の記憶を綴ることが多かった。


     こうして、自分なりの文章をたくさん書き続けている時、あの宮沢賢治に始まる読書が今の私の文章力(って、それほどのもんじゃないんですが…)の基礎になっているのだなと、納得するようになっていた。


     文章は、自分が伝えたいことを伝えるための一つのツールだ。手話も同じ。語り合う言葉も同じ。今、定年の身となっても、いろいろな文章を書く機会があるので、文章が書けることの喜びを感じています。当然、このハイテンも。


     たくさんあった書籍は、結婚を機に処分をしてしまったことがかなり悔やまれるが、当時は本が財産だと気がつかなかったのだ。で、昨日。少々酔っていたこともあって、帰宅途中に久しぶりに本屋に入った。文庫本を購入するのも何年かぶりのことだった。


     購入した本は、当然、宮沢賢治の作品で、「風の又三郎」と「注文の多い料理店」に詩集の3冊。当分、通勤電車で読み続けることになるのでしょう。

    宮沢賢治の本を買う


     若い人は、時間を惜しまず読書の習慣を身につけてくださいね。
     

    | sallynote | 雑記帳 | 05:08 | comments(0) | - | - | - |
    賀正【2012.01.01】
    0
           あけまして     謹賀新年     おめでとぉ!

                明けまして おめでとうございます

      昨年はいろいろとお世話になり、ありがとうございました。
      2011年は、定年退職や転居など私の人生の中でもメモリアルな1年となりました。
      2012年も、山歩きやサッカーはもちろんのこと、復活したライブ活動や、昔、楽しんでいたガラス絵の再開など、いろいろと充実した1年となることを期待しています。

      最後になりましたが、2012年がハイテン愛読者のみなさまにとって良き年でありますように…。

      ご多幸を… 今年もよろしく〜〜〜! \(^o^)/
      | sallynote | 雑記帳 | 00:00 | comments(0) | - | - | - |
      入院してました 【2008.09.07】
      0
        ちょうど2週間、入院してました。  病院
        入院は高校以来のことでした。

        最初の1週間は「虚血性腸炎」のため、絶食(後半はお粥)と安静に。
        残りの1週間は、肝臓に悪性腫瘍の疑いあり、ということで検査入院。

        毎晩飲んでいた大好きなお酒も飲めず、まるで生活矯正プログラムを受けているようでした。

        おかげさまで…
        腸炎は快調に治まり、肝臓もこれまでのところ悪性ではない様子(最後の検査結果は来週判明)。偶然に見つかった肺気腫も、4年前にタバコを止めているということでお咎めなし。メタボもかなり改善(体重は去年より6kg減)され、高血圧も解消。

        ということで今日退院しました。
        お酒って飲み過ぎるとよくないんよね。最終結果が判明するまでは、このまま健全生活を続けるつもりです。
        | sallynote | 雑記帳 | 11:08 | comments(0) | - | - | - |
        不愉快…【2006.11.05】
        0
          日曜の山歩きの帰りのこと。

          電車のホーム内のベンチでタオルをリュックにしまってると、隣で30代前半らしき母親が、多分小学校3〜4年と思われる女の子に何やら叱りつけていた。

          母親 「みんなカバンに入れているのにアンタだけがお面をかぶって…分かってるの!?」
          女の子 「はいっ! はいっ!」

          と母親がしかりつける度に、泣きながら、それでも従順にはっきりとした返事を返していた。

          このお母さん、子どものことを想ってシツケてるんやな、って思っていた。それにしっかりと『はいっ! はいっ!』と返事する女の子も可愛らしかった。

          やがて電車が入ってきて、私はドア横に立つと、その親子はもう一つ後部のドアに立っていた。

          私は、仲間と談笑しながら何気なくさっきの親子をみていると、こっちを向いているお母さんが時々しゃがんで、娘の目線でなにやら一言・二言声をかけては立ち上がり車窓を眺めていた。女の子は私に背を向けて立っていた。まったく冷静な顔をしている母親は、きっとさっき叱ったフォローをしているのかな? と思っていた。

          が、その母親は何度も何度もしゃがんでいた。やがてお面をその子に押し付けるように渡した。その時、一瞬、母親の形相に感情が表れた。まだ延々と叱っているのだ、とそのときやっと分かった。

          近くにいたおばさんが、あめ玉らしきものをその女の子の持つお面に載せ、笑顔を女の子に投げかけた。が、その子は困った様子でそのあめ玉をおばさんに返しに行った。戻るときに女の子の顔がはっきり見えた。泣き続けていたのだ。

          元の位置に女の子が戻ると、また母親のしゃがんでの口撃が始まった。何を言っているのか分からないが、さっきの女の子の『はいっ! はいっ!』が想像できた。

          私の体内に不愉快な感情がメラメラと燃え上がってきた。シツケではない。明らかに虐待だ、と思った。それにしても表情を変えず、十数秒おきにしゃがんでいる母親。その姿がだんだんと鬼畜に見えてきた。

          注意しに行こうかとも思ったが、母親の話している内容が分からないだけに決心がつかなかった。それに今は叱るのをやめても後でそれ以上の虐待でもされたら、と思うと足が動かなかった。

          私には仲間たちの話がもう聞こえなくなっていた。私の中の怒りがさらに大きくなっていった。
          『行かなければ…』 と思っていると、近くにいた年配の男性が堪りかねて母親に注意しに行った。それも穏やかに…。母親は言葉を返さず車窓に視線を投げた。

          次の駅でその親子は降りた。さっきの男性も一旦降りて母親に何やら言葉を投げるとまた乗車してきた。そしてその男性の連れに、
          「あのお母さん、ず〜っと叱りっぱなしやった。あの子が可愛そうで…」と、仲裁に行った事情を話していた。

          私は、あの女の子に何にもしてあげられなかった…、そんな思いがずっと私を暗くして、今も不愉快な感情が消えない…。

          複雑な思いです…
          まだ女の子の 『はいっ! はいっ!』 が耳から離れない…
          | sallynote | 雑記帳 | 06:11 | comments(0) | - | - | - |
          どっちもどっち…【2006.10.20】
          0
            さっき、サッカー運営委員会(月例会議)の帰りのこと…

            車道と区分された歩道を歩いていると、横からやってきた年輩の会社員が私の前を歩き始めたんよ。
            すると前からやってきた無灯火の自転車が前を歩く1人の会社員にぶつかりそうなスピードでやってきたんや。
            慌てて避ける会社員…。すると自転車に乗ってた女性が、
            「邪魔やのぉ。このサラリーマンが!」
            すると前の会社員も、
            「危ないのぉ、クソババァ!」
            行きかけてたそのクソババァがまた止まって、
            「何言うとんのや、クソサラリーマン!」

            2〜3度、お互いに暴言の応酬。で、すぐ収まると前のもぉ1人の会社員が、
            「ここ(この街)、すごいところですねぇ…」

            で、前の信号が赤になって、さっきの会社員が、
            「そぉ、すごい女がいるよ、ここワ。だいたい自転車で歩道をあんなスピードで走ってくる方がおかしいんよ!」
            と、まだ興奮さめやらぬ様子で、交通マナーの悪さを痛烈に指摘するんよ。

            すると前の2人、さっきのクソバアバァの悪口に盛り上がりながら、横断歩道を歩き始めたんよ。

            まだ赤信号なのに…。
            | sallynote | 雑記帳 | 06:10 | comments(0) | - | - | - |
            国体を見る【2006.10.08】
            0
              10月8日にTさんと山歩きを予定してたんやけど、2日前にTさんから都合が悪くなったっていうメールが。これで久々の予定のない3連休を迎えることになったんよ。

              7日(土)、家でごろごろしてるんももったいないと思い立ったんが国体観戦やった。確か軟式野球の競技期間中やったことを思い出し、記念公園野球場へぶらりと出かけてみたんや。記念公園まで来てみたら多くの人で賑わってたわ。野球場からは応援の太鼓やラッパが勇ましく響いてた。

              最初、3塁側スタンドで観戦したんやけど、帽子を忘れ日差しが暑ぅて急遽1塁側で観戦することにしたんよ。試合は大分と鳥取がやってたんで、日陰のスタンドでゆっくりゲームを楽しんでたんや。サリーの前で熱心にスコアつけてたおっちゃんが、あの審判のジャッジが分かりにくいとか、今のはファールやろとか、何かと話しかけてきはるんよ。雨混じりの試合やったけど結果は大分の勝ちやった。そのおっちゃんはその試合が終わると帰っていきはったわ。

              で、何気なくスコアボード見てたら次の試合が兵庫vs石川やったんでそのまま観戦することにしたんよ。地元だけにちょっと夢中になってね。試合は5回の2アウトまで兵庫の完全試合ペース。なかなか見ごたえあったんやけど、エラーで完全試合はなくなったもんのノーヒットノーランの完封勝利やった。長時間硬いベンチに座ってたからちょっとお尻が痛かったわ。

              体育館へ続くゲート 球場を後にして体育館へと行ってみると、少年女子の団体総合予選をやってたんよ。入ってみると空席も多く、前列に腰掛けて見てたらちょうど10組目の演技が始まるとこやった。サリーの眼下には「ゆか」。右端には跳馬のスタートラインがあって対面側に妙な格好の跳馬が。「ゆか」の向こうには段違い平行棒。一番奥に平均台があったんよ。

              アナウンスの指示に従って一斉に練習が始まった。眼下の「ゆか」では埼玉チームが練習してたんで何気なく見てたんやけど、よぉテレビで見る華麗な技やったんで、『やっぱり国体に出てくる選手やからみんなすごいんやなぁ…』って思て見てたんよ。

              で、競技開始。「ゆか」の場合BGMがあるさかいまるでショーを見ているような引き込まれるもんがあるんよ。難易度の高そうな技が次々決まってたわ。他の種目でもそれぞれ演技やってたさかい、目が定まらんって感じやった。

              1種目めが終わると一斉に場所交替。次のチームの「ゆか」が始まったんやけど、なんか違うって感じ…。最初は何が原因かよぉわからんかったんやけど、そのうちにあちこちで尻餅ついたり落下したり…っていう光景が続出。それが埼玉チームにはあんまり見られんかったし、技の難易度やキレが群を抜いてるっていうことがわかってきたんよ。得点ボードも他では8点台とかが多く見られる中で埼玉は13点台以上が続いてたんよ。平均台では15点台も…。これはすごいチームなんやと想像でけたわ。後は埼玉の演技に視線が釘づけやった。

              8日(日)、軟式野球の兵庫の準決勝を観戦しようとまた野球場に行ったんよ。今度は帽子を忘れず、山用品の座布団やカメラの入ったリュックを背負ってね。3塁側最上段の日陰のあるスタンドで観戦してたんよ。対戦相手は鳥取やった。

              白熱の準決勝戦 試合は4回まで2−1で兵庫優勢。ちょっと荒れてきたピッチャーが5回から昨日完封したピッチャーに代わり、これで決まるか、と思てたらなんと6回に2点を取られ、2−3に。その後、なかなか点が入らんと鳥取ペースの嫌な展開に…。

              ゲーム中、次の友情応援らしく我が母校の吹奏楽部がぞろぞろとスタンドへと入ってきて、それぞれ配られたお弁当を食べ始めてたんやけど、中の1人の女子部員が箸を落としたらしく、大声で、
              「誰か、割り箸、持ってませんか〜!」 幸いリュックに割り箸があったので渡してあげると、まさかこんな近くに割り箸を持った人がいるなんて、ってな顔して何度もサリーにお礼を言ぅてたんよ。

              試合はいよいよ9回の裏、兵庫最後の攻撃。ところが先頭打者がファーボール、続いてデッドボールで、次が内野安打。ノーアウト満塁で一打逆転の場面や。9番の打順でピンチヒッター。2ストライク1ボールから打ったボールはバックホーム体勢やったライトの頭上を越えるタイムリー2塁打。
              2塁ベース上で、ガッツポーズ! なんと劇的逆転勝利やった。
              ゲームセット! 兵庫はこれで決勝進出や。

              体育館内では撮影禁止 今度は体育館に行ってみたんやけど、昨日と違ごぉてえらい人やった。館内は選手の肖像権保護のために撮影禁止。ハイテンに掲載したかったのに…残念。

              今日は成年女子と成年男子の体操競技をやってて、館内は立ち見の人だかりやったんよ。しゃぁないから昨日座ってた場所の後に立って観戦することに…。

              たまたま兵庫の女子が演技してたんやけど、さすが成年の部では技が大きく難易度も高いもんが見られたわ。兵庫の女子もかなり上位にいけるんとちゃうか、って感じやった。地元だけに声援も一際大きかったわ。隣では男子鉄棒もやってて、どこのチームか分からんけどこれは迫力があったわ。

              立ち見に疲れてきたんで兵庫女子が終わったらまた館外へ出たんよ。外では競技結果が張り出されてあって、ふと覗いてみると、なんと少年女子の団体総合予選の結果は昨日偶然に観戦してたあの埼玉がダントツのトップやったんよ。やっぱ上手いと思たとぉりやったわ。

              北海道の応援団 また野球場に戻ってみると5位決定戦で北海道vs大分の中盤で、0−0の投手戦やった。7回が終わるとアナウンスが入って、『これからは特別ルールによる延長戦に入ります…』 やて。見てると満塁状態でゲームが始まるんよ。早期決着をってことなんやろね。

              で、8回に北海道が2点先取するとその裏の大分も2点取って9回に突入。今度は北海道が4点を取って、これで決まりかなって感じで見てたら、大分も2点取ってまた満塁に。けどすでに2アウト。決まったかなと思てたら、なんとここで逆転満塁サヨナラホームラン〜! 
                          サヨナラ・ホームラン!

              今日は兵庫の9回サヨナラに続いて大分の劇的な逆転勝利の試合を観戦できて、上機嫌でたつみへ…(^^ゞ 飲み過ぎたおかげで翌日はどこにも出かけんとベットでごろり。

              結局、軟式野球は決勝戦で兵庫の勝利。成人女子体操は兵庫の優勝。少年女子体操では兵庫が優勝で埼玉が2位。地元の利で兵庫の健闘が光ってたけど、何気なく行った割にえぇ試合ばかり観戦できたみたいで、ラッキーな連休を過ごせた感じやったわ。
              | sallynote | 雑記帳 | 06:10 | comments(0) | - | - | - |
              災難続き…【2006.09.14】
              0
                なんでこんなに続くんやろ…
                思い起こせば、事の始まりは数ヶ月前の携帯電話の故障やったんかなぁ…

                ある日、メール文を作成してたら、フッと表示板が真っ暗になったんよ。電源が切れてしもたらしい。しゃぁないから、また電源を入れ直してメール文を最初から打ち直し…。何日かして、また同じ現象が起こったんよ。電源の入れ直しはともかく、メール文をまた一から打ち直すんはちょっとうんざりしてたんよ。

                ところが、この症状が頻繁に発生するようになったからもうたまらん。近所のショップに行って診てもろたんやけど、故障らしく店員は、
                「お預かりして、メーカーで診てもらわないと…」 携帯がないと困るし、来年の春に機種変更するつもりやっただけに、ここは修理をしてもらうことにしたんや。代替携帯は提供してもろたんやけど、ま、しゃぁないわな。
                結局、10日ほどでMy携帯が帰ってきたんよ。やれやれ…

                それからしばらくして、今度はメガネが壊れかかったんや。ベッドの脇に置いたメガネを手に取ったら、左側の耳にかける棒状の付け根が歪んで伸びてたんよ。普通なら折れてそぉなもんやけど、チタンは大丈夫らしい…。ゆっくりと慎重に戻してみたらなんとか元に戻ってくれたんよ。なんとか使えそうで、やれやれ…。
                『今度のボーナスで新調するか…』

                山では、愛用のバーナーの調子がもう一つで、使用中にネジが緩んで自然消火。Tさんも、
                「それ、おかしいで」 それでも、騙し騙しでそのバーナーを使こぉてたんよ。

                で、9月になってからのこと…

                2日。Eさんとの山歩きは、再度公園でのミニグルメ。で、とうとうバーナーが完全崩壊してもうたんよ。バーナーのネジが空回りしだして、すぐに自動消火してまい、とても使えたもんやのぉなったんよ。
                しゃぁないから新しいのを購入…。(・・;)

                5日。なんとか使えてたメガネ。どうも具合が悪ぅなってきよった。メガネ屋で相談してみたもんの、この時期に新調するのはキツかったので、修理に出すことにしたんよ。以前のメガネも壊れて代替なし。しゃぁないけど修理が終わるまでの約3週間はメガネなしの生活が始まったんよ。いやぁ、不便なもんやわ。

                7日。数年前に壊れたベッド。修理して使えてたんやけど、どうにも寝づらくなってきたんよ。本腰入れてまた修理。ところがメガネなしではどうにも作業がはかどらん。苛々しつつ、指に血豆を作りつつ、汗だくになってなんとか修理完了。
                ふぅ… (-_-)

                で、9日。
                毎年恒例のサッカー部の合宿。今年は、9〜10日の日程で、サリーも参加したんや。いつもならシニアキーパーのTさんも参加してたんやけど、今回は仕事の都合で不参加やった。

                初日は、車で神鍋の民宿へ直行し、お昼ご飯を済ませると、快晴のグランド 快晴の中、練習が始まったんよ。Tさんがいてないから、経験もあったサリーがキーパーをかってでたんや。っちゅうても、無理せんと正面のボールだけキャッチしてたんや。

                ところが左上に飛んできた強烈なシュート。これに思わずパンチングで反応してもうたんやけど、左手小指の付け根に激痛が…。けど練習を中断するほどでもなかったんで、そのまま続行してたんや。

                休憩のときにグローブを外してみたら、小指付け根の甲のとこが腫れあがってたんや。けど、小指自体はちゃんと曲がりよるから、骨には異常ないやろと思てたんや。
                            初日の腫れ
                民宿に戻ってからはシップしてたんやけど、翌日は左手の甲全体が腫れてた。けど骨折のときのあの『ジーン』とする痛みはなかったから、たぶん突き指やろと思てたんや。10日の練習は雷雨のため中止やった。やれやれ…

                合宿から帰って2日ほどで甲の腫れが引いてきたんやけど、なんや骨の状態が変なんよ。で、レントゲンだけでもと思て近所の病院へ行ったんや。

                50分ほど待たされて、サリーの番が回ってきよった。整形外科の先生は30代後半って感じの男性医師やった。結局、レントゲンを撮ってまた45分ほど待たされて、診断の結果、
                「やっぱり骨折してるわ」 と軽く言いはる先生。
                「治してギプスしよか?」 と言われたさかい、
                「どれくらいかかりますの?」 と尋ねると、
                「一ヶ月ぐらいかな」 と相変わらず軽く答えが返ってきたんで、
                「わちゃ〜。 そないかかんの…」 って言うたら、
                「仕事、なにしてはるの?」 困ってたサリーは、
                「仕事とちゃいますねん。 ギターでセミプロみたいなことしてて、今月も2回ほどギター弾かんと…」 言い終わってから『セミプロ』はちょっと言い過ぎやと思たけど…。すると先生、
                「そう…。セミプロやったらコンサートとかあるから困るねぇ」 と、先生はカルテに【ギターのセミプロ】って書いてはるんや。私は、内心『それは書かんやろ…』
                「指さえ自由がきくんやったらなんとか」 って言うたら、
                「そんなら取り外しができる簡易なギプスにしよ」 で、一件落着。
                今度は、治療のための麻酔注射を左手の甲に2本打ちはったんやけど、これが痛いのなんのって…(>_<)

                麻酔は15分ほどで効いてくるって言うてはったけど、指示されたレントゲン室の前でまた45分ほど待たされたんよ。待ってる間に、妄想が…
                『どんな治療なんやろ…。切開して骨の横につっかえ棒みたいなんを入れるんやろか…。それやったら痛いやろなぁ…。メスが入るんやったら、今度の土曜の山歩きは無理かなぁ…。いややなぁ…』

                で、いよいよ部屋に入ると、先生が、
                「痛いのんは大丈夫?」 …大丈夫なやつ、普通おらんやろ…
                「あ、あんまり好きやないです…」
                で、指示されたレントゲン用のベットに寝かされたんよ。先生はオペ用?のエプロンをしてはるんや。
                「メス、入れるんですか?」 って、蚊の鳴くような声で聞いたら、
                「そんなん持ってへんで」 って言うて空の両手をサリーに見せはったんや。とにかくやれやれ…。
                で、治療が始まったんよ。小指付け根の甲の骨を、伸ばしたり曲げたり? って実際は怖ぉてよぉ見んかったんやけど、ときどき骨がポキって鳴ってた。
                で、またレントゲン撮って待ってたら、先生が治療前後の写真で曲がってた骨がほぼ真っ直ぐになってることを説明してくれたんよ。

                今度は、診察室横のギプスの部屋で待ってると、先生がやってきて、
                「今から100度のお湯を使うけど、大丈夫やね?」 これにはサリーも、
                「あんまり大丈夫やないと思うけど…」 不安そうな顔をしてみても無視して10cm角ほどのメッシュ状の白い布が湯気の上がる湯沸しポットに…。ピンセットで摘み上げると先生は指で広げてサリーの患部へ。
                「暑っ!」 と一瞬声を上げたもんのすぐに我慢できる状態になって、
                「あっ、先生、大丈夫ですわ」 微笑む先生。包帯を巻き終えると本日の診療は終了。
                「指、動かさんとあかんときは、外したらええからね」 の声に、なんとか最悪の事態は免れた思いやった。

                それにしてもこの連続の災難続きって、一体…(-_-;)
                | sallynote | 雑記帳 | 06:09 | comments(0) | - | - | - |
                タバコ【2005.08.17】
                0
                  最初に吸ったのは高校卒業したときやった。サッカー部連中とたむろしてたとき、面白半分で吸ったんがきっかけで、その後もずっと吸ってた。生活習慣病の始まりやった。切れるとイライラして、特に美味しいという訳でもないのにその習慣にとりつかれてた。38年も…。

                  身体に悪いことは認知してただけに、何度か禁煙の挑戦はしてみたものの、飲み会で1本ぐらい、という罠に何度ハマッたことか。2年前の禁煙では、ニコチンガムも使ったけど、5ヶ月ほどでまた吸い出してた。

                  それからは、止めるためにはマインドコントロールしか方法はない、って毎日考えるようになってて、
                  『マズいのに、なんで止める気にならんのやろ…。止めたらきっと、山歩きも楽になるハズやのになぁ…』 と、ずっと思ってたんよ。

                  で、先月のこと。健康診断のある日で、いつもタバコを吸うと血圧が10〜20も上昇すること分かってたから、朝から吸うのを止めてたんよ。検診が終わって、昼食のときもまだ吸ってなかった。

                  『あんれ? 吸わんでもなんともないやん…』 吸いたい症状がなかったんや。
                  『もしかして、あのマズいタバコ、もう吸わんでもええんとちゃうか?』

                  それから、残りのタバコが数本あって、毎日、1本吸ってみたけど、やっぱりマズいという気持ちの方が勝ってて、その箱がなくなってからはタバコ吸わんようになったんよ。しかも、なんの禁断症状もなしに…。

                  普段、上が140〜150あった血圧も、今では120台に下がってるんや。そんな体の変化を目の当たりにすると、今でも吸いたい気持ちにはならんのよ。

                  今までの禁煙と大きく違うところは、
                  「禁煙してる」 っていう気持ちよりも、
                  「タバコ、吸いたくない」 っていう気持ちが強いんよ。

                  ただ1度、タバコを吸った夢を見て、『しまった〜!』 と思ったことがあったんと、たんまにタバコを探す仕草が出ることがあるんやけど、ま、長い喫煙生活やったし、その習慣から解放されるのも、後少しの我慢かな?
                  | sallynote | 雑記帳 | 08:17 | comments(0) | - | - | - |
                  100点?【2005.08.05】
                  0
                    私はある悲しすぎる経験を通して、ひとつのことを学んだ…。

                    誰もが自分の考えを100点だと思っているし、そう思いたいものである。私もそれまではそう思っていた。それに気づくまでは…。そして、どこにも100点のヒトはいないということも…。

                    口喧嘩をみているとよく分かる。双方のモノサシが異なると、口論が始まる。それぞれが自分の主張を繰り返すだけ。さらに闘争本能が加わり、勝つための理論を繰り広げだす。いかにも自分のモノサシが100点かのように…。

                    相手が話している間もその話しを聞こうとせず、次の勝てるコトバを頭の中で模索している。だから相手の話しが終わると、必ず『でもネ』 で始まる話しが続く。相手が一所懸命喋ったのに、『でもネ』 の一言が相手の全てを否定してしまうのである。こうなっては会話は成立しない。

                    私は、自分のモノサシが100点でないってことに気づいてから、ヒトと会話をするとき、オレは100点じゃないんだから…と、ヒトの話しをよく聞けるようになり、少しでも100点に近づこうと自分のモノサシと違うところを理解しようとするようになっていた。すると不思議なもので、相手は自分の話しを聞いてもらうと満足し、今度は私の話しを聞こうとするのである。これが会話なのである。

                    今でも私は、口論しそうになるときがある。相手の主張を理解する努力もし、相手にも私を理解してもらう努力はするのであるが、どうにも会話を成立させない相手もいるのである。そんな時、負けず嫌いの私は、無益な争いは無用と、心の中でこうつぶやきます。

                    『もうエエ、アンタの勝ちヤ。そやけどヒトとしては、引き下がった私の勝ちヤ!』 って、ホント負けず嫌い…。

                    そして、100点でないことを自覚することは、100点に近づく第一歩なのだって…ね。

                    (2000年2月のハイテン4作目を、改訂して掲載しました。)
                    | sallynote | 雑記帳 | 08:05 | comments(0) | - | - | - |
                    ホット、ひとつ!【2005.07.07】
                    0
                      我が社に入社した頃、新入社員研修最終日の出来事である。その日は土曜日(当時、土曜日は半ドンだった)で、良く晴れた日だった。観光バスで古墳見学に向かう途中、その兆しが現れた。腹部に例の違和感が生じたのである。
                      『なぁに、今日は午前中で帰れる。』 さほど気にもとめていなかった。

                      現地に到着した時、最初の陣痛が起こった。
                      『ヤバッ・・・我慢、我慢や…』 しかし、世の中それほどアマくない。陣痛の間隔が15分・10分・5分・・・、短くなってきたのである。周囲では、春のポカポカ陽気の下で談笑にふける同期生たち。そンな中で一人、脂汗をにじませ、焦点の定まらないオトコ…。
                      『この縦穴式の古墳やったら、わら葺で周囲から見えヘンから大丈夫かナ・・・?』

                      そんなことをマジで考えている時、やっと解散の号令が出た。
                      『助かった!』 しかし、周囲は一面の畑。同期生の間をすり抜けるように遠くに見える建物に向かって小走りに駆け出した。
                      『あった!喫茶店や〜!』 一目散に飛び込むと、目的の場所ヘと駆け込んだ。

                      どれくらい経過したのか腹部も安堵感で一杯になっていたが、その下には巨大化した山が…。目の前のヒモを引くと水に押されてその山がゆっくりと動き出した。しかし、和式の器は穴の手前が小高くなっており、そこに引っかかるようにして微動だにしなくなったのである。ヒモ式は、第2弾の発射まで少し時間がかかるのであるが、それでも6〜7回挑戦してみた。
                      『どォしょ…。このままほっといて出られへんがな・・・』

                      最後の勝負に賭けることにした。ペーパーを分厚く折りたたみ、その山の側面に。
                      『タイミングはずしたら命取りやで。チャンスは1回や。ドジるなよ!』 ゆっくりとヒモを引いた。水が勢いよく出てきた。
                      『今や!』 ペーパーごしにクツでその山を押した。するとその山はゆっくりと動き出したではないか!! やがて山は音をたてて穴に吸い込まれていった。
                      『やった〜〜〜! オレの勝や〜〜〜!!!』

                      一体、何分そこで奮闘していたろうか。その戦場を出ると、店主やお客が一斉に私に視線を投げてきた。私は、勝ち誇ったようにテーブルにつき、胸を張って言った。

                      『ホット、ひとつ!』

                      この事件を機に、私はすぐに水を流す習慣がついたのである。
                      | sallynote | 雑記帳 | 07:07 | comments(0) | - | - | - |
                         1234
                      567891011
                      12131415161718
                      19202122232425
                      262728293031 
                      << August 2018 >>
                      + SELECTED ENTRIES
                      + RECENT COMMENTS
                      + CATEGORIES
                      + ARCHIVES
                      + MOBILE
                      qrcode
                      + LINKS
                      + PROFILE